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棚田の環境的意義3.棚田のいろいろな機能「水田の多面的機能」のうち,棚田が特徴的に有している機能を整理しました.(1) 食糧生産の機能 |
まずは水田の本来の機能であるコメを生産する場としての機能について考えます.棚田の食糧生産上の大きな特徴は,傾斜地であること,また多くの場合区画が小さく,農道が整備されていないなどの理由によって,平地の水田に比べて労働生産性が劣るという点です(土地生産性については未詳).先にも述べたとおり,大昔は用水が確保しやすかったという利点がありましたが,この10数年ほどの間に平地で機械化が進むにつれて労働生産性の格差は拡大してきたと考えられます.
もちろん,コメを同じ価格で売るのであれば,平地の水田よりも棚田の方が市場競争力も劣ります.しかし「棚田米」などと付加価値を持たせたり,都市住民と直接やりとりをするなどで,コメを高く売っている地域もあります.
なお,棚田で作ったおコメは美味しいという話もあります.水がきれいなこと,中山間地の少し気温が低いところでゆっくりと登熟させることなどで,美味しいおコメが取れるというのです.科学的な検証は十分にはなされていませんが,夢のある話だと思います.
水田が環境保全機能を持っていることは前にもお話ししましたが,その機能のうち,棚田が特に強く持っている機能を2つ挙げます.
なお,これらを特に「棚田の国土保全機能」と呼ぶこともあります.
洪水調節機能 水田にはダムのように水をためる機能があります.日本中の治水ダムにためることができる水の量の合計が24億トンであるのに対し,水田がためられる水の量の総和は51億トンにも上るという試算結果があります(志村,1982).
この特徴を生かし,豪雨時に水田に水をためることによって洪水のピークを抑えようという試みがなされています.これが「水田の洪水調節機能」で,水田の環境保全機能の中で最も有名なもののひとつです.棚田について考えてみましょう.棚田が存在しているのは傾斜地ですが,もしも傾斜地に木も水田もない状態だったら,大雨が降ったらそれが必ず鉄砲水になって,山の麓の町は大洪水になります.ところが,棚田があれば,そこにかなりの量の水をためることができ,その水は土壌中にゆっくりしみこんでいきます.このようにして流れる水の量も減らせるし,流れも緩やかにできます.このようにして,棚田は洪水が起こる確率を減らしているという研究があります.
こうした棚田を「水のピラミッド」とか「横向きの川」とかと呼んでいる人もいます.
地滑り防止機能 棚田があるのは傾斜地ですので,地滑り,土砂崩れがおきれば大惨事になる危険性があります.そうした地滑りを抑える機能が棚田にはあります.
なお,前のページで耕作放棄田は雑草が生えて周辺の水田に迷惑をかけると書きましたが,耕作放棄されると,あぜが崩れたり,モグラ穴などがあいたりしますので,洪水調節機能も低下しますし,地滑りも起こしやすくなるなど,国土保全機能も低下することになります.
上で述べた洪水調節機能によって,鉄砲水を抑えられるというのがその理由のひとつですが,土を湿らせておくことで亀裂が発生するのを防ぎ,それで地滑りを防止しています.秋も代かきをして乾きすぎないように心がけている地域もあります.
有名なのが新潟県頸城地区.ここは土が粘土質で,乾くと地滑りを起こしやすいのですが,棚田があることによって地滑りが抑えられています.
このように,耕作放棄は棚田の行く末としては最悪の選択肢であると言えます.
少し見方を変えて,歴史的な観点から棚田を考えてみましょう.
大昔で技術が不十分だった時代に,山林や傾斜地をこのように水田として整備したことは驚嘆すべきことであるという意味から,棚田は歴史的遺産であると捉えている人がいます.また,古代の食糧生産の文化を現在に残しているものとして棚田を見ている人もいます.曰く,「田の神去来」という我が国独自の信仰があるそうですが,山林と田を結びつけている棚田はそうした信仰や文化の象徴と考えられるそうです.
棚田に対するこうした捉え方は,我々が持っている農学的な観点からは大きく離れますが,こうした価値感も決して軽視してはいけないものだと思います.
前のページに「棚田は美しい」と感じる人が多いのではないかと書きました.歴史的背景などを知らない人の感性に対しても,純粋に訴えてくるものがあります.確かに,棚田地区にいってぼんやり棚田を眺めているだけでも,心あらわれるようか気持ちになることがあります.こうした棚田の景観を「日本人の原風景である」という人もいます.確かに田園風景は童謡や唱歌にもよく歌われていますね.
さらにこれを発展させて,保養空間として積極的に利用している地域もあります.「グリーンツーリズム」という言葉は聞いたことがありますか? 都市住民が農村に行き,そこの自然やそこに住む人々とふれあい,またそこで取れた農作物を食べるという余暇の過ごし方が最近人気です.棚田地域はそうしたグリーンツーリズムの人気スポットになりやすいようです.前のページで紹介した「棚田オーナー制度」はその一種ですね.農作業を体験しながら余暇を過ごすことを特に「アグリツーリズム」と呼ぶこともあります.