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棚田の環境的意義

4.棚田の今後〜保全は是?非?

棚田耕作者,地元住民,都市の住民が,それぞれ棚田についてどのように考えているのだろうかと考えてみました.
その上で,著者が水田工学者としての立場から意見を述べます.

(1) 棚田を耕作している人の立場から
(2) 棚田地区の地元住民の立場から
(3) 都市住民の立場から
(4) 水田工学者の立場から

参考・引用文献

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(1) 棚田を耕作している人の立場から

棚田は傾斜がきついこと,区画の小ささ,また多くの場合用排水路が整備されていないために水管理が大変なことや,農道が整備されていなくて機械などの運搬が難しいことなどから,耕作を継続していくことは体力的には非常に厳しいのが現状です.
また,労働の割に得られる収量も少なく,平地の水田で大きな機械を使って稲作を行うのに比べれば経済的にも成り立ちにくいでしょう.

先に述べた「耕作放棄」はそうした原因から生じてしまいます.周辺の農地に迷惑をかけるこの行為は決して認められるものではありませんが,しかしこれを選択した農家の方も断腸の思いだったのではないかと思われます.

「耕作放棄は最悪の選択肢だから,できれば避けたい.しかし今のままでは耕作を継続することは困難である.ああ,いったいどうしたらよいのだろう」.棚田で耕作者している人はこのようなジレンマを抱えているのではないでしょうか.

ここから先は2つに分かれます.
まず,棚田での耕作を続けようと考えている耕作者は,「もう少し耕作しやすければやめないのになぁ」と考え,区画の形や大きさ,水路や農道の整備を考えるでしょう.その場合,金銭的支援や整備のための人的支援を求めることになります. もうひとつ,耕作をやめたい,でも耕作放棄はしたくないという耕作者は,現在自分が持っている棚田を誰かに売ったり貸したりすることを考えます.そうした考えが次に述べる棚田オーナー制度などにつながります.


(2) 棚田地区の地元住民の立場から

耕作者の人が棚田での稲作に苦労しているのを間近で見ている人たちは,「農家の人たちだけでは耕作がつらいから,ボランティアなどで助けてあげよう」と考えると思われます.
それを発展させて,「せっかくだから,ボランティアを制度化して,宣伝して都市の人にも手伝ってもらえるようにしよう.そうすれば,地元地域の活性化につながるかも知れない!」.こう考えることが,棚田オーナー制度や,グリーンツーリズムの発想へとつながるのだと考えられます.

しかし,ここでひとつ気をつけておかなければならないことが,棚田オーナー制度やグリーンツーリズムはどこの棚田地域でも可能な方法ではないということです.都市住民を招くというコンセプトがある以上,都市からのアクセスがある程度しやすいことが前提となります.また,その地域に知名度があること,棚田以外にも観光スポットがあることなどが,地元の活性化のためには必要な要素となります.


(3) 都市住民の立場から

都市住民について考える前に,まず棚田がなぜこの数年でこれほどまでに脚光を浴びたのかを考えてみましょう.
理由は2つあると著者は考えています.
ひとつは,中山間地域の活性化のための手段として,中山間地域の側が情報発信の形を取って盛り上がったのではないかと考えています.
もうひとつの理由が,現代人が一様に環境保全に関心を持ったこと.昨今の環境ホルモンやダイオキシン問題を例に挙げるまでもなく,世の中は環境保全の気持ちで満ちています.そうした環境保全を具体的に考えられる対象例として,しかも我々日本人にとっては身近な存在であることから,棚田が最適な題材として急速に脚光を浴びたのだと著者は考えています.
こうした中山間側と都市側とのニーズが合致した上に,さらにマスコミや官公庁が環境保全ムードを煽るために棚田をプロパガンダに利用したという感じもしています.

このように,都市住民は棚田は「環境保全運動の一環」として捉えています.したがって耕作者の意向などはそれほど重視せず,ただ「きれいだから」または「環境にいいらしいから」「歴史的に貴重なものだから」という理由で「棚田を残せるように努力して欲しい」という意見に流れがちです.
オーナー制度などに参加している人ならともかく,そうでない人がこういう意見を言うということに対しては,著者は違和感を覚えます.


(4) 水田工学者の立場から

いろいろと考えてきましたが,結局のところ棚田保全についてどのように考えるべきなのでしょうか.これまでの内容を整理する形で,著者の考えを述べてみたいと思います.
結論からいえば,すべての棚田が保全可能なわけではなく,むしろ積極的に山に戻すべき地域もあってよいのではないかと考えています.

まず類型化してみましょう.棚田の行く末は以下の4つに分類できます.
  1. 景勝地,観光地,歴史的遺産として残すことが可能な地域(残さざるを得ない地域)
  2. 後継者が育成でき,農地として維持することができる地域
  3. オーナー制度などの保全対策が可能な地域
  4. その他

まず1.について.能登の千枚田など,国からの補助金が出る景勝地指定された地域,姨捨地区のように有名な観光地,歴史的遺産として古都保存法により開発できない地域(奈良県明日香村の棚田)がこれに当てはまります.
これらの地区は棚田を保全する必要性も高く,また保全のために必要な金銭や人的支援を比較的得やすいことから,棚田保全は他の地域に比べれば容易な方だと考えられます.

2.は,他の作物との転作の都合などで経営が成り立つ地域が考えられます.こうした地区においては,棚田を耕作しやすく整備することが重要です.整備の方法としては,等高線に沿って細長い区画に整形する「等高線区画」へと区画を整備するなどが挙げられます.
整備するためには補助金が必要ですが,こうした後継者(担い手)がいる,もしくは育成できる地域に補助金を重点的に回す政策が取られ始めています.
ただし,後継者を1代限りでなく,何代もに渡って育てていなねばならない点が最大の課題だと言えます.

3.は,耕作をやめて棚田を供出したいという農家がいて,地元がそれを援助してあげたいと立ち上がって,しかもその地区がある程度知名度があって,都市からアクセスしやすいことが重なった地域です.
地元住民,都市住民の「棚田を保全しよう」という意気込み,並びに都市住民の「農業・農村を体験しよう」というグリーンツーリズムや環境教育の気持ちが一体となって生じるこうした運動は高く評価できます.ただし,これも一過性のブームに終えないことが肝心です.

最後に4.について.1.も2.も3.も不可能な地区です.実は多くの棚田地区がこれに該当します.すなわち,上で述べた「耕作者の立場からのジレンマ」が起こっている地区です.
昨今の棚田ブームの中でもてはやされているのは1.や3.のタイプばかりで,この4.の類型については無視されているとさえ感じられます.
今のままでは耕作は継続できない,後継者もいない,オーナー制度をやっても長続きできる見込みはない,耕作放棄は最悪の手段だから選びたくない.こんな地域はどうすればいいでしょうか.
著者はこうした地域は,耕作放棄されて国土保全機能が崩壊する前に,植林して積極的に山林に戻すべきであることを提案します.山林には棚田とそれほど変わらぬ国土保全機能があり,また長い目で見ると棚田よりも維持管理が容易だからです.
「歴史的遺産や景観として棚田を残そう! 植林なんかもってのほかだ!」という主張をする人が多いであろうことが予想できますし,またそうした主張をする人の気持ちもわからないではないですが,将来の自然環境のことをより深く考えるのであれば,こうした環境保全策を行使することを考えるべきではないかと強く感じます.

さて,このように考えてみると,棚田の保全に関して考えるためには,棚田そのものだけ見ればいいというのではなく,それぞれの地域の特性をも考慮することが重要であることがわかってきます.
こうした地域性や,人々の考えを理解した上で,また棚田自体についても研究を深めていく必要があります.例えば洪水調節機能がどの程度働くのか,地滑り防止機能はどのようなものなのかを知ることによって,棚田そのものを評価する基準を具体化する必要があります.
これらの研究を担うのが「地域環境工学」という分野なのです.


主な参考・引用文献
  • 田渕俊雄(1999):世界の水田 日本の水田,農文協
  • 安富,多田,山路・編(1999):農地工学第3版,文永堂出版
  • 関矢信一郎(1992):水田のはたらき,家の光協会(絶版)
  • 守山弘(1997):水田を守るとはどういうことか,農文協
  • 中島峰広(1999):日本の棚田,古今書院
  • 石井里津子・編(1999):棚田はエライ,農文協

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    Last Updated 2000/07/24
    Written by M.MAKIYAMA

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